美貌の暗殺者ユディト [歴史・人物]
ホロフェルネスの首を斬るユディト1612-21年 アルテミジア・ジェンティレスキ
ホロフェルネスの首を持つユディト1530年 クラナッハ
ユディトの帰還1472年 ボッティチェリ
切り落とした男の首を前に無表情でこっちを見つめるユディト、生首を何気ない顔で運ぶ姿…
ユディトのことを知らずにこの絵だけを見た人は、魔性の女、悪女、そんなイメージを抱くと思います。
しかし彼女は旧約聖書「ユディト記」の主人公であり、神を畏れ、信仰に生きた女性でした。
「旧約聖書に『ユディト記』なんてあったかな」と思った方もいると思います。それもそのはず、一般的に売られている「キング・ジェームズ・バージョン」の聖書では外典として扱われ、掲載されておりません。
「続編」付きの聖書には「第二聖典」として掲載されています。
時代はB.C.150年ごろ。
ネブカドネツァル王がユダヤを侵略し、ベトリヤという町を包囲するところから「ユディト記」は始ります。
ユディトは当時、仕事中に夫を日射病で亡くし、3年以上の月日の流れていました。
彼女の夫は奴隷や家畜、現金などの財産を残し亡くなるのですが、彼女はしっかりと財産を管理し、貞節を守り、信心深く生活しておりました。
「金持ちで美人の未亡人」というスキャンダルの恰好のネタになりそうな条件を備えた彼女ですが、その性格の良さから、誰も彼女を悪口を言う人はいなかったと言います。
ベトリアの町の包囲が続き、ついに水が尽きた時、長老たちが5日間待つようにいい、奇跡が起こらなければ町を明け渡す、というのです。
しかし、これを「神を試みる行為」と見たユディトは彼らにこう言いました。
「ベトリアの住民の指導者である方々、どうかわたしの申し上げることをお聞きください。今日、人々の前であなたがたが言われたことは、間違っています。あなたがたは神に誓いを立て、もし、所定の期日までに主が救いの手を差し伸べてくださらなければ、敵に町を明け渡す、と言って約束なさいました。 いったいあなたがたは何者ですか。あなたがたは今日、神を試みたうえに、神に代わって人々の間に君臨しようとしているのです。 今、あなたがたが瀬踏みをしている相手は、全能の主です。いつまでたっても何も分かりはしないでしょう。 人間の心の奥すら見通せず、その思いを理解することもできないのに、どうして、万物を造られた神の心を探ってこれを悟り、その考えを知ることができましょうか。決してできはしません。兄弟の皆さん、神なる主を怒らせるようなことはしないでください。 たとえこの五日以内にわたしたちを助ける御意志がないとしても、主は、お望みの日数の間わたしたちを守ることもでき、また、反対に、敵の前で滅ぼすこともおできになるからです。 神なる主の御意志を束縛するようなことはやめてください。『神は人間と違って脅しに左右されることなく、決断を押しつけられることもない』のです。
「じゃぁ雨乞いでも…」などと寝ぼけたことを言う長老に、ユディトはある計画の実行を告げます。
計画の実行を前に、ユディトは神に祈りを捧げます。
「この欺きの唇によって、家来ともどもその頭を、頭ともどもその側近をお打ちください。女の腕をもって彼らの傲岸さを打ち砕いてください。 あなたの力は人の数によるものではなく、あなたの主権は強者に頼るものでもありません。あなたは虐げられた者の神、小さき者の助け主、弱き者の支え、見捨てられた者の守り、希望を失った者の救い主。 わたしの言葉と欺きによって彼らに痛手を負わせ、打撃を与えてください。彼らは、あなたの契約に対して、また、聖別されたあなたの家とシオンの頂に対して、あなたの子らが所有する家に対して災いをたくらんだのです。」
ユディトは美しく化粧をほどこし、侍女を従え、食料を持って敵の将軍ホロフェルネスを訪ねます。
ホロフェルネスは彼女の美しさに一目惚れです。
ユディトは言葉巧みに彼に近づき、隙を見て、彼の首を切り落とします。
ホロフェルネスの首を斬るユディト1598年 カラヴァッジョ
当然、将軍の死により、敵軍は敗走します。
「ユディト記」はバビロンの王であるネブカドネツァルがアッシリヤの王になっていることや、ベトリヤがどこにあったのか不明な点から、「マカバイ記」(同じく聖書の外典)を元にパロディー化された架空の話とされています。マカバイと呼ばれたユダが敵であるシリア軍を排除する話なのですが、ユディトがユダの名前の女性形であることもその要因の一つと言われています。
ユダ・マカバイの勝利ギュスターブ・ドレ
しかし、マカバイが諸聖人や天使に奇跡を祈ったのに対し、ユディトは小さき者、虐げられる者への神の憐みを乞います。
この姿はむしろ、「サムエル記」のゴリアテを倒す少年ダビデに近い気がします。
1504年 ジョルジョーネ
ジョルジョーネのこの作品はダビデへのオマージュではないでしょうか。
ダビデ1430年 ドナテッロ
こんにちは!
ユディットをテーマにした作品はたくさん見てきましたが、詳しいお話は初めて伺った気がします。
絵を見ていると若い乙女かと思ったんですが未亡人なんですね。
私はクラナハのちょっと硬い線のユディットが昔から大好きでした。
それにしても聖書をテーマにした作品も、正典以外の物語がけっこう人気があったりして楽しいですね。
またいろいろなエピソードを楽しみにしています!
by cucciola (2010-06-01 19:57)
cucciolaさま、コメントありがとうございます。
私もクラナハの凛とした表情が好きでした。ともすれば冷たくもみえるのですが、何だかカッコイイと思ってました。
ユディトの話は聖書の中でもかなりお気に入りのエピソードで、続編であまり知られてないのが残念です。
ユディトの「人事を尽くして天命を待つ」姿勢、見習いたいものです。
by Tarot-Reader (2010-06-01 22:05)
今はこういう冷徹だけど強い女性像は、一部の男性に大モテかもしれませんね。(昔も??)
聖書の世界も、なかなか平和ではないのですね^^;
by マイン (2010-06-12 08:53)
聖書の中はあんまり平和じゃないですね。
人類初の殺人は兄弟殺しですし(カインとアベル)。
草食系男子にはモテそうもありませんが、ユディットは私の憧れです。
by Tarot-Reader (2010-06-13 01:39)